プロフィール

レフトアームズ

Author:レフトアームズ
1999独学にて革細工師と名乗り始め
2003ショップ兼工房を
茨城県つくば市に出店
現在に至る

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    Welcome to Left Arms blog !!
    どうも、Left Armsです。
    不定期でしか書けませんが
    このブログ、読んだらいいよ。
    きっと読んでみたらいいよ。


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    お盆Ⅱ 
    2008/08/14 /00:42/Thu
    本日、またまた見てしまいました。
    お盆をむかえて見るって言ったらコレしかない。
    渥美清故人を偲ぶ
    パソコンのモニターに一人で涙をうかべながら
    『寅さん、やっぱりあんた最高だよ』
    『男って言うのはあなたみたいな人を言うんだよ』
    なんて事を見るたび毎度思う。


    ■渥美さん本当にありがとう

    今から五年前、大分県の日田市にロケをした「寅次郎の休日」のころから
    渥美さんの体の震えが目立つようになりました。
    四十六作、松坂慶子さんに出てもらった「寅次郎の縁談」では
    瀬戸内海の小島の急な坂を上がり下りするのが
    とてもつらそうだったことをよく覚えています。

    昨年の秋に亡くなったキャメラマンの高羽さんと渥美さんは同じ病気で
    二人の間には特別な情報の交換があって、
    それを高羽さんの口から聞くという
    つらい形で僕は渥美さんの病状が決して油断できない事を知っていました。
    もうそろそろ幕を引かなければ行けない。
    渥美さんを寅さんの言うのんきで陽気な男を
    演じるというつらい仕事から解放させてあげなければいけないと
    しょっちゅう思いました。

    しかし、四分の一世紀にわたって
    松竹の正月映画の定番であり続けた「寅さん」がなくなるということが
    あまりにも大きな問題であったこと。
    そして、もう一つは毎年、秋口になると家族のように親しいスタッフが集まって
    正月映画を賑やかに作るという楽しみを打ち切るのがつらくて、
    もう一作だけ、いやもう一作なんとか、
    という思いで四十七作、四十八作を作ったのです。

    後で伺えば、渥美さんのドクターはこの遺作に渥美さんが出演できた事は、
    奇跡に近いといっておられたそうです。
    渥美さんはどんなにきつかったか。
    ああ、悪い事をした。僕は後悔をしています。

    七月に入院して肺の手術をしたけど、
    その経過が思わしくなくて、
    渥美さんはとても苦しんだそうです。
    ベッドの上に起き上がるのがやっとで、
    それもうつむいたままで、
    両手で机の端をきつく握り締めて、
    その机がカタカタと音を立てて震えていたそうです。
    あの渥美さんをなぜそんなに苦しめるのか。僕は天を恨みます。

    渥美さん、長い間つらい思いをさせてすみませんでした。
    でも、僕とそして僕たちスタッフは貴方にめぐり逢えてしあわせでした。
    今日、この会場にいる、あるいは表で汗だらけになって、
    車や弔問客の整理に駆けずり回っている僕のスタッフを代表して、
    今あなたにお礼をいいます。

    二十七年間にわたって、
    寅さん映画を作り続ける喜びを与えてくれてありがとう。
    渥美さん本当にありがとう。

    (1996年8月13日 山田洋次監督の弔辞)


    『寅さん、ありがとう』って僕も心の底から思います。
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